vol.734【経営コラム】適切な指導責任を放棄しないために!
…「叱責」と「適切な業務指導」の違いは!
近年、多くの企業でハラスメント対策が急速に強化されています。その背景には、働き方改革の推進、SNSによる情報拡散、労働人口減少による人材確保競争、さらには価値観の多様化があります。特に若年層では、「安心して働ける環境」を重視する傾向が強まっており、企業側もコンプライアンス強化やリスク回避を重要課題として位置づけています。また、パワーハラスメント防止法の施行以降、企業には相談窓口の設置や再発防止措置が求められ、管理職向け研修も一般化しました。
こうした流れは、これまで見過ごされがちであった暴言、人格否定、長時間にわたる叱責、差別的言動などを減少させるという点で、大きな意義があります。しかしその一方で、ハラスメント対策が過度に萎縮的な方向へ進んだ結果、新たな組織課題も生まれています。現在、多くの企業で問題となっているのは、「ハラスメントを恐れるあまり、必要な指導まで行われなくなる」という現象です。
特に管理職層では、「注意をするとパワハラと言われるのではないか」という不安が強まり、部下への指摘や改善要求を避ける傾向が見られます。その結果、問題行動が放置され、評価も曖昧になり、組織全体が“事なかれ主義”に陥る危険性があります。本来、管理職には部下を育成する責任がありますが、過度なリスク回避がその機能を弱体化させているのです。
また、若手社員側にも影響が生じています。厳しいフィードバックや改善指導を受ける機会が減ることで、社会人として必要な改善力や耐性が育ちにくくなるケースがあります。「叱責」と「適切な業務指導」の区別が曖昧になると、本来必要な教育まで避けられ、結果として本人の成長機会を奪ってしまう恐れがあります。
さらに、コミュニケーションの希薄化も深刻な課題です。上司側が「誤解されたくない」「距離を取った方が安全だ」と考え、雑談や面談を避けるようになると、信頼関係の構築が難しくなります。心理的安全性とは、本来「自由に意見交換ができる状態」を意味します。しかし、それが単なる「注意されない環境」と誤解されると、組織に必要な健全な緊張感や相互成長の文化が失われてしまいます。
こうした状況を防ぐためには、「ハラスメント禁止」だけを強調する教育から脱却し、「適切な指導とは何か」を具体的に教える必要があります。重要なのは、人格否定や威圧的言動を禁止しつつ、業務改善に必要な指摘やフィードバックは適切に行うというバランスです。
そのためには、まず企業として「NG行為」と「適切な指導」を明確に区別することが重要です。たとえば、「お前は駄目だ」といった人格否定は許されませんが、「この業務は期限管理を改善しましょう」という行動改善の指導は必要です。感情的に叱責するのではなく、事実に基づいて具体的に伝える姿勢が求められます。
加えて、管理職にはコミュニケーション技法の習得も必要です。アサーティブコミュニケーション、1on1面談、フィードバック技法、感情コントロールなどを体系的に学ぶことで、「怒らない管理」ではなく、「適切に伝え、育成する管理」へ転換することができます。
また、相談窓口の運用においても公平性が重要です。一方的に申告者のみを保護し、管理職を即座に加害者視するのではなく、事実確認や双方へのヒアリングを丁寧に行う必要があります。感情論だけではなく、業務上の必要性や指導方法の妥当性を総合的に判断する視点が不可欠です。
これからの社員教育で求められるのは、「厳しさの排除」ではなく、「建設的な対話による育成」です。ハラスメントを許さないことと、適切な指導責任を放棄しないことは両立できます。企業には、単に“優しい組織”を目指すのではなく、公平性と成長支援を両立する成熟した組織文化を構築していくことが求められています。

