vol.736【実践コラム】成長に伴う固定費の増加について

…運転資金は戻ってきますが、固定費は戻ってきません。

会社から出ていくお金には、戻ってくるものと、戻ってこないものがあります。

前回まで見てきた運転資金は、戻ってくるお金です。仕入れた商材は在庫になり、売れて売掛金になり、やがて現金として手元に戻ってきます。手元を離れている間は資金繰りを圧迫しますが、事業が回っている限り、形を変えながら戻り続けます。今回取り上げる固定費は、性質が違います。人を採用すれば給与は毎月出ていき、倉庫を広げれば家賃は毎月出ていきます。売上がどうなろうと出ていき、そして戻ってはきません。成長局面では、この2つの資金需要が同時に発生します。

A社の例で考えてみます。輸入販売の売上を1億円から1億5,000万円に伸ばす計画を立てたA社は、増える物量をさばくために、人を1人採用し、倉庫をひと回り大きなものに移ることを検討しました。人件費が年間およそ400万円、倉庫の家賃が月10万円の増加だとすると、固定費は年間で約520万円増えます。前回計算した増加運転資金800万円とは別に、毎年520万円が新たに出ていく計算です。

ここで、2つの資金需要の違いがはっきりします。もし計画どおりに売上が伸びなかった場合、増加運転資金のほうは、自然に縮みます。売れなければ仕入れを減らし、売掛金も膨らまないため、寝る資金は売上の規模に合わせて自動的に小さくなるからです。ところが固定費は縮みません。採用した社員の給与と、広げた倉庫の家賃は、売上が1億円のままでも、1億5,000万円の体制のまま出ていき続けます。成長を見込んで固定費を増やしたあとに売上が伸び悩むことが、資金繰りにとって最も痛い展開になるのはこのためです。

固定費の増加は、損益分岐点を押し上げるという形でも効いてきます。A社の粗利率は5割ですから、年間520万円の固定費を賄うには、その倍の1,040万円の売上を上積みして、ようやく採用と移転の分がとんとんになります。固定費を増やすという判断は、それだけの売上を今後ずっと作り続けるという約束を、自分に課すことでもあります。

では、成長局面で固定費とどう向き合うか。1つの考え方は、固定費を増やす前に、変動費で対応できないかを確かめることです。繁忙期だけ外部の人手を使う、派遣や業務委託で始める、倉庫も一部をスポットで借りる。売上が本当に定着するかどうかが見えるまで、固定化を先送りする選択肢があります。変動費であれば、売上が伸びなかったときに一緒に縮んでくれます。

そのうえで、固定費を増やすなら、売上が定着してからです。ここが運転資金との大きな違いになります。運転資金は、支出が先で入金が後という構造があるため、売上より先に手当てしておく必要がありました。固定費は逆で、売上が計画どおりに積み上がり、その水準が続くと確認できてから固定するほうが安全です。先に手当てするものと、後から固定するもの。この順序を取り違えると、資金繰りは前からも後ろからも苦しくなります。

なお、設備を購入する場合の資金手当ては、人件費や家賃などの固定費とは分けて考える必要があります。一括で大きな支出が出る設備は、運転資金とは切り離し、設備資金として都度ファイナンスを組む前提で考えるのが基本です。運転資金の枠を設備に使ってしまうと、肝心の運転資金が足りなくなります。

戻ってくるお金は先に用意し、戻ってこないお金は後から固定する。成長局面の資金繰りは、この区別を持てるかどうかで安定度が変わります。